皆さんこんにちは、北海道旭川でパラレルワークを実践しているファイナンシャルプランナーの大野雅志です。

突然ですが、皆さんはテレビが好きですか?

最近の若い人はテレビを持っていないと聞きます。これも時代の流れなのでしょう。ただ少しだけ寂しさを感じます。

なぜなら、僕はテレビが大好きだからです。テレビ好きがいるとうれしいです。テレビを見ると洗脳されるとかいう方もいますが僕は好きなのです。特にドラマを見るのが大好きです。

それは、僕が大阪芸術大学芸術学部放送学科(テレビコース)出身というのが影響しているかもしれません。

大学時代はテレビドラマの脚本も書きました。テレビドラマの制作もしました。卒業制作の30分のテレビドラマは今も大事にDVDで保管してあります。見てみたいという方は遠慮なくご連絡ください(笑)

特に好きなテレビドラマが“北の国から“です。”北の国から”の作者、倉本聰さんの本は脚本を書くときの参考書でした。そして、”北の国から“は僕の人生のバイブルになりました。僕は、一部の人たちの間で“北の国からおじさん”と呼ばれているとか、いないとか・・・

ご存じかもしれませんが、”北の国から”の舞台は富良野市麓郷という実在する地域です。麓郷は旭川から60㎞ほどの距離にあります。北海道ではこの距離を近いと表現します。僕の感覚からすると隣町みたいなものでよく行きます。年に1度くらいはロケ地も訪ねます。

”北の国から”の主人公は、黒板五郎という朴訥で、不器用で、まっすぐな、二人の子を持つシングルファザーです。その主人公を演じていた田中邦衛さんが先日お亡くなりになりました。田中さんが亡くなって一つの時代が終わったような感じがして、なんとも寂しい気持ちがあります。


前回、『終わりから始まる』というブログを書きました。田中さんがお亡くなりになったのが終焉だとするとこれから何かが始まるのだと思います。

『終わりから始まる』はこちらhttps://fpoffice-ohno.com/%e8%80%83%e3%81%88%e6%96%b9/1020/

田中邦衛さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

今回は少し”北の国から”のことを書こうと思います。興味ない方はスルーしてください。

北の国からが始まったのは1981年、昭和56年です。今から40年前、バブルが始まる少し前です。僕は11歳でした。最初の放送をLIVEで見ていたかどうかは記憶が定かではありません。

最初は24話の連続ドラマ、そのあとに83冬、84夏、87初恋、89帰郷、92巣立ち、95秘密、98時代、2002遺言と8つのスペシャルがあります。人気が出たのは“87初恋”からぐらいでしょうか、この辺から“とんねるず”もパロディーで演じたりしていて知名度が一気に上がったと思っています。

40代、50代、それ以上の人にはなじみの深いドラマだと思いますが、最後の放送から20年もたつので30代以下の方はあまりピンとこないですかね。”北の国から”を熱く語ると同年代の人にはうけるのに、若い方の視線が冷たいことからもそれはわかります。

さて、主人公の黒板五郎さんにはと純と蛍という二人の子供がいます。

純くんは1971年4月1日生まれという設定で、僕と同学年です。蛍は1972年6月5日生まれという設定で僕の妹と同学年です。僕も純くんも道北地方に住んでいます。純くんは富良野が嫌いで東京に出たいと思っていました、僕も旭川から出たいと思っていました。

”87初恋”で純君は尾崎豊にはまっています。僕もそのころ擦り切れるほど尾崎豊のレコードを聴いていました。ちょうどレコードからCDへの転換期でしたが、レコードの方がまだ優勢だったと記憶します。

 そのようなことから、勝手に感情移入して深みにはまりした(笑)
同じような設定の人はたくさんいるんですけどね(笑)

より深みに誘い入れてくれたのが”89帰郷”です。

”89帰郷”は1989年3月31日に放送されました。くしくも僕が大阪に発つ前日です。

大阪に発つ前日、初めて親元から離れること、初めて旭川以外で暮らすこと、初めての一人暮らし、そんなことで不安で胸が張り裂けそうな状態でした。

”帰郷”で純くんは東京で傷害事件を起こします。夢破れて傷心でかっこ悪く富良野に戻ります。それを故郷の人達は優しく向かい入れます。それは、『ダメだったら旭川に戻ってきてもいいんだ』と僕の心を軽くしてくれました。感情移入はより強くなります(笑)

僕はこの”北の国から”を繰り返し見ています。そして、そこから二つのものを学びました。

お金と生き方です。

”北の国から”とお金は対極にあるように感じますが、実はお金の考え方についてすごく参考になる話がたくさん出てきます。

私たちはお金がなければ電気も使えないし、水も使えないと思っています。ですが、北の国からはそのことを否定します。

第一話は、主人公の五郎さんが純と蛍を連れて東京から富良野へ戻るところから始まります。五郎、純、蛍の住まいは、五郎さんが昔住んでいた電気も水道もない家です。今では考えられません。その当時だって考えられません。

第一話でこのこと関する有名な会話があります。

『電気がなかったら暮らせませんよ!』

五郎『そんなことないですよ』

『夜になったらどうするの!』

五郎『夜になったら寝るんです』

『だって、ごはんとか勉強とか』

五郎『ランプがありますよ。いいもんですよ』

『ごはんなんかはどうやってつくるのツ』

五郎『薪で炊くんです』

『テレビはどうするのツ』

五郎『テレビは置きません』

『アタッ~、けど冷蔵庫は』

五郎『そんなもん、なまじ冷蔵庫よりおっぽいた方がよっぽど冷えます。ここいらでは冷蔵庫の役目と言ったら、モノを凍らせないために使うぐらいで』

衝撃的な会話です。

昨年は世界中でコロナが流行しました。

日本も例外ではなく流行しました。今も騒がれています。

そこでよく聞いたのが『お金がないと生きていけない』でした。

ですが、この親子の会話を聞いたら、お金がなくても生きていけるような気がしませんか?

リアルに考えると難しいかもしれません。特に東京や都会では難しいでしょう。ですが、北海道ではお金がなくても生きていけるような気がします。いや、生きていけます。

では、北海道と都会の違いは何でしょうか?

それは、“便利さの度合い”ではないでしょうか。

都会の方がより便利な生活ができます。人々は高度経済成長前後からより便利生活ができる都会へ田舎から移動しました。その傾向は今もなお続いているのではないでしょうか。

高度経済成長のころ、生活をより便利にする道具、テレビ、冷蔵庫、洗濯機を三種の神器といって手に入れるために一生懸命働きました。それからも、自動車や電子レンジ、クーラーと次々と便利な道具を手に入れていきます。いつの間にか生活は便利な道具であふれかえります。

お金を使って便利なものをどんどん手に入れました。いつしか、”お金=豊かさ””お金=幸”せと認識するようになります。

お金があれば幸せな生活や豊かな生活ができる。という幻想を抱きます。

そこから、勉強して少しでもいい学校に入り、少しでもいい会社に就職して、少しでも多くのお金を安定的に手に入れる。そうすれば幸せになれるというレールをひきました。

結果、便利な生活になれて、便利な生活が当たり前になり、それを維持するためにお金が必要というスパイラルから抜け出せなくなっています。それが、お金がないと暮らせないという思考をつくりあげたんですね、きっと・・・

第二話ではこんな会話があります。

五郎『ここでの生活には金はいりません。ほしいものがあったら自分で工夫して作っていくんです。』

『だけどそんなこと言ったって』

五郎『つくるのがどうしても面倒くさかったら、それはたいしてほしくないってことです。』

考えさせらるセリフです。

五郎さんは世間でいう幸せのレールから外れています。でも、幸せだと思います。

そんな生き方を選択してもいいんじゃないですかね。どんな生き方を選択するのかは自由です。

”北の国から”は清廉潔白、美しいというようなイメージを持っている方もいると思いますが、実はドロドロした人間ドラマです。日本人があまり好まない“金”“性”“死”というものがリアルに出てきます。

純と蛍のお母さんは不倫をして五郎さんと離婚します。草太と雪子とこごみの三角関係、純くんは望まない妊娠をさせます。蛍も不倫をします。これらは性の話。

連続ドラマの後半で純と蛍はお母さんが病気で亡くなります。”98時代”で草太が事故で亡くなりなります。”2002年遺言”で中ちゃんの奥さんがガンで亡くなります。これらは死の話です

23話で元奥さんの葬儀に五郎さんは遅れて参列します。お金がなく一昼夜かけて飛行機ではなく汽車で移動したからです。その時に純と蛍はお母さんの恋人に新しい靴を買ってもらい、お父さんが買ってくれたボロボロの靴を捨てます。ですが、後から探しに行きます。”87初恋で出てきた組勘の話、有名な”87初恋”の泥のついた1万円札、”2002遺言”の手間返し、コレらはお金の話です。

学校では絶対に教えてくれないこと達です。特に24話の連続ドラマにはそれらが出てきます。ドラマの23話と24話を見るだけでもお金って何だろうと考えさせられます。

これらのことと向き合うことが生きるということなのだと考えています。生きるうえで切り離せないんです。目を背けてもいけないものです。

便利さにどっぷりつかった僕らは五郎さんのように生きられません。

現代人は便利さと引き換えに人間本来の生きる力を失ったのではないかとも考えたりします。僕自身も生きる力が低下していると感じることが多くなっています。

幸せのレールに乗っているのに息苦しさを感じる人が増えています。それは、メンタル不調が増えていることからわかります。

こんな時代だから、僕は黒板五郎の生き方にあこがれるのかなぁ・・・

”北の国から”は現代社会の暮らしに様々な問題提起をすることで『君らはどう生きる?』と問いかけているドラマだと僕は感じています。

皆さんは“北の国から”を見てどのようなことを感じるのでしょうか、感想を聞かせていただけると嬉しいです。

またまた取り留めのない話になってしまいました。長くなったのでこのへんで、最後までお読みいただきありがとうございました。