みなさんこんにちは、
北海道旭川で
”お金”と”働く”を探求している
ファイナンシャルプランナーの
リーダーこと大野 雅志です。

これを書いている今日は令和2年(2020年)4月30日です。

ここでブログを書き始めてちょうど1年です。1年まえはこの状況なんて想像すらできませんでした。

コロナの影響で暗いGWです。僕はのんびりできていいのですが・・・

2020年(令和2年)4月16日に緊急事態宣言が全国に出されました。それから体を動かすことが少なくなりました。ずっと机の前にいたり、スマホやタブレットを見る時間が長くなっています。

体に悪いので、人のいない朝に1時間くらい散歩しています。

早起きは三文の徳なのでしょうか、散歩中にリスとあいさつを交わすことも多く、遭遇すると朝から癒されます。

写真はその時のものです。

学校も休校を余儀なくされています。入学を9月にという議論なんかも出ています。

今後、世の中はかなりのスピードで変化していくと思います。

予想することがかなり難しい変化になると思います。

ただ、どんなに変化しても“人は1人では生きていけない”と思っています。AIが発達しても変わらないのではないでしょうか。不変です。
そんなことないという方もいるかもしれませんが・・・

振り返ると昨年の今頃も僕は非常事態でした(笑)

何が起きたかはこちらに書いています。

こんな時だから”これから”を考える

非常事態宣言が解除され、コロナの影響が消えた後のことを今はアフターコロナと言っているようです。

アフターコロナでは様々な変化がやってきます。

倒産する会社も出てくると思いますし、リストラで転職を余儀なくされる方も多くなるはずです。

もしかすると東京集中がなくなるかもしれません。

テレワーク中心になり週一回の出勤が当たり前になるかもしれません。

アフターコロナになっても今回のコロナ騒動のようなことは起こりえます。何が起きるかわかりません。どんな変化が起きるかもわかりません。正解がわかりません。

今ままでは正解がありました。”働き先”で年収から退職金まである程度予想できたので、より給料が高く、より退職金が高い会社に就職するのが正解でした。それをベースに”生き方”をきめていました。

だから、勉強して、いい学校に行き、いい会社に入るのを目指しました。

その正解は、終身雇用と年功序列という基礎が必要になります。ですが、今は年功序列も終身雇用も崩壊しつつあります。

だから、今までの正解が正解ではなくなっています。正解が亡くなったから、これからは『”生き方”をきめて、”お金””働き方”を選ぶ』ことが大事になります。

生き方は、どのように生きたいかということ。他人に左右される生き方ではなく、自分の生き方。それは、創るものではなく自分の中にあります。

そうはいっても、『生き方の前に先ずは”お金”でしょ』『”お金”がないと生きられないのでしょ』等々、お金のことを言う方がいらっしゃいます。

そこで質問です。

”お金”とは何でしょうか?

これに答えられる人は少ないです。それは”お金”について学んでいないからです。
学校で習うことはありません。先生がお金について習っていないからです。
学ばないでもある程度使えるのがお金なので、大人になっても学びません。

”お金”『交換するための道具』です。それ以上でもそれ以下でもありません。

極論を言えば、衣食住”が何とかなればお金がなくても生きていけます。


おすそわけで食べ物もらって暮らす。
山菜とったり、魚釣ったりして食べ物調達して暮らす。


好きなだけ家にいていいよって言ってもらい誰かの家に居座って暮らす。


おさがりとか、いらなくなった服をもらって暮らす。

考えれば他にもいろいろな方法があります。結構ムチャなものもあるで実際には難しいかもしれません。しかし、できないことはありません。

お金があれば”衣食住”について簡単に解決でき、お金があればより便利に暮らせますから、お金があった方がいいですけどね。

だから、お金がないと生きていけないというのは思い込みで、生活に必要なものが調達できれば生きていけます。大昔はお金がありませんでした。お金がなければないなりに生きていけばいいのです。

アフターコロナでテレワークが中心になり、東京に集中しなくなれば田舎で暮らせます。
田舎は、お金がないなりに生きていく環境を整えることが可能です。

自然の恵みを手に入れやすかったり、知恵を出したり、助け合ったり、お金がないなりの生活ができる環境が整得られます。

今後も、今回のような事態が起こることを想定して、お金に依存しない生活も検討する必要があります。そうすれば、学校にも依存しなくなるし、会社にも依存しなくなります。

僕はセミナーで、大好きなドラマ『北の国から』の話をします。

このドラマには『お金がないなりの生き方』の手本があります。

ドラマがスタートしたのは昭和56年(1981)年で、水道も電気もない家で親子3人生活からドラマは始まります。

ドラマだからできるという方もいるかもしれませんが、毎日キャンプだと思えばできるでしょう。

『2002遺言』という最後のSPで、『手間返し』という助け合いで少ないお金で生きる生き方が描かれています。

昔はご近所付き合いもあり、親戚付き合いも今よりも活発で、困ったら助け合う世界でした。それがいつしか、一人で何とかしないといけない、家族だけで何とかしなければいけない世界に変化していったのです。

それを”自立”と呼びました。そして、その自立をするには”お金”が必要になります。

ですが、最初に言ったように人間一人では生きていけなのです。一人で生きていくということは自給自足するということです。

自給自足できないから、交換で調達するようになりました。より便利に交換するためにお金ができました。

お金がなくても分け合ったり助け合ったりできる環境があれば生活できます。

今の大変な状況は、お金に依存する世界を脱却できるチャンスです。お金だけでなく、学校、会社、家族などに依存する世界から脱却できるチャンスです。

僕の考える自立は、なにかに依存せずに自分の生き方をすることです。依存は、それがないと生きていけない状況です。

頼る先が少ないと依存します。そこだけが(それだけが)心のよりどころになり依存症になります。
依存先がなくなると孤立します。これは、あくまで僕の解釈なので違う意見の方もいると思います。

自立には、依存ではなく助けてもらえばいいのです。

ただ、今目にする、ドラックストアーで暴言はく、医療従事者を差別する、店頭のアルコール消毒をもっていく、そんな行動をする人は助けてもらえません。助けてもらうには、それなりの生き方が必要なのす。

あと、助けてもらうには、『助けて』と発信するヘルプ力が必要になります。アフターコロナの世界ではお金や学歴なんかより、ヘルプ力とかが必要になってくるのだと思います。

だんだん大げさな話になってきましたが、まぁ、そんな考え方もできるぐらいでとらえてみてください。これは、一つの考え方で、これが絶対ではないです。

このコロナ騒動は色々なことを考えるチャンスなのだと思います。

まあまあ長くなったのでこの辺で・・・